【連載】紙の爆弾

欧州農民デモの訴え EUのエコロジー政策が農業を潰す

広岡裕児

取材・文◉広岡裕児

国民の約9割が農民たちの運動を支持

34歳の若さでの就任が話題となったフランスのガブリエル・アタル首相が、早くも国民の抗議の洗礼を受けた。
アタル首相誕生からほんの1週間ほどしかたたぬ1月中旬から、農民たちが干草束などで道路や車線を封鎖したり、延々とトラクターを並べて低速で高速道路を走る「かたつむり運動」を始め、みるみるうちに全国に広がった。

過半数の支持を集めるFNSEA(農民組合全国同盟)とその連携組織JA(青年農民)、第3勢力のCR(田舎共闘、右翼系)と左翼系のCP(100姓同盟)などすべての農業団体が参加し、一部では県庁前で枯草や古タイヤを燃やしたり、汚泥をぶちまけたりもした。
道路でピケをしていた畜産農家の母と12歳の娘が車にひかれて死亡するという事故も起きてしまった。

1月25日付の「ル・フィガロ」紙の世論調査(調査会社ODOXA)では、89%が運動を支持している。極右から極左まで農民運動を悪く言う政党はない。
農民に対しては93%が良いイメージを持っている。
アタル首相は1月28日、スペイン国境に近い南西フランスのオート・ガロンヌ県の畜産農家を訪れ、納屋の前の大きな丸い干草束をテーブルにして記者会見を行なった。
傍らには農業・食料主権大臣とエコロジー移行・地域結束大臣(日本の国土交通大臣にあたる)が並んだ。

この農家は、今回最初に道路封鎖をしたグループのリーダーで、首相はこの芝居がかった演出で緊急政策を発表したのである。
オフロード軽油の増税の中止、エガリム法遵守の検査の強化、諸手続きの簡素化、支給が遅れている補助金を来月必ず支給する、有機栽培促進のための5千万ユーロ(約60億円。※注)の緊急支援、牛の伝染病への補助金緊急増額……。
「オフロード軽油」とは路上を走る自動車用ではなく、道路以外で動く農業車両や建設車両用の燃料で、自動車用とは色を変えて区別できるようになっており値段も安い。
「エガリム法」とは生産者が最低限の収入を得られるようにスーパーマーケットや卸業者、加工業者が適正な価格で買い入れなければいけないという法律である。
農民たちはこの発表では満足せず、全国からトラクターがパリに向かい、幹線道路を封鎖した。
アタル首相は農業団体と協議した後、2月1日に首相官邸で記者会見を開き、50ほどの施策を発表した。その主な内容は、

⦿食料主権の目標を法律で明記する。
⦿農業という職の認知度向上、労働価値の向上、収入の増加。農民の報酬を守るためのエガリム法の強化。同席したブルーノ・ルメール経済大臣は、スーパーマーケットなどで1万におよぶ検査を行ない、違反の場合、罰金は流通業者の売上高の10%にのぼると表明した。
⦿不当競争との闘い。EU(欧州連合)の規則を遵守していない製品の輸入対策について欧州レベルでの専門機関を設立。南米南部共同市場(メルコスール)との自由通商条約に対するフランスの反対を改めて表明。森林伐採に起因する製品や農薬で処理された産品についてのセーフガード条項(輸入規制)発令。ウクライナ産鶏肉についてもセーフガード条項発動検討。
⦿農業継承のため、農地の譲渡に関する免税基準の引き上げ。
⦿退職年金問題の再検討。
⦿食肉製品の保護。大豆などから作られる合成肉について、欧州レベルでの「明確な」定義を求める。合成肉は「食料への私たちの概念に対応していない」とアタル首相は否定的見解を示した。
⦿行政手続きの簡素化。フランスはEUで決められた以上に農薬や化学肥料の規制を厳しくしているが、それをEUと同じレベルにとどめる。

発表直後、FNSEAとJAは、「警戒を怠らない」としながらも、組合員に封鎖の解除を求めた。CRも、この運動を「一時停止」するよう呼びかけた。
一方、CPは「運動の主な要求、つまり、私たちの農産物を原価以下で購入することを禁止することによる尊厳ある収入のために動員し続ける」。まだ予断は許さない。
施策の中にはすぐに実行できるものもあれば、長期的なものもある。
法律が必要なものもあれば、欧州レベルでの行動が必要なものもある。
2月24日のパリでのフランス最大の見本市農業展までに政府がどれだけ実行できるか注目されていた。

農業を目の敵にするエコロジストたち

欧州各地で繰り広げられる農民たちの大規模デモについて、日本のマスコミ報道は少ない。
また、ドイツの農民運動がフランスに波及したとされているが、そうではなく、各地で昨年11月中旬から、道路上の市町村名標識を逆さまにする運動が起きていた。
標識は煩雑な規格や規制で農民を踏みつけにする国家・行政当局の象徴である。
ドイツやフランスだけではない。一昨年のオランダを皮切りに欧州各国で農民運動が相次いで起きている。
ドイツの農民運動は、昨年12月にオラフ・ショルツ政権が農業用ディーゼルへの国家補助金を含む、いわゆる「気候に有害な」補助金を削減したことが引き金となった。
フランスでも燃料税や産物の買取価格が前面に出ていた。そのためこれらは、インフレ・収入減への反対運動だとみられがちだ。

たしかに農業は、コロナ禍、エネルギー価格の上昇、霜、ウクライナでの戦争開始に伴う肥料価格の高騰、2022年の干ばつと、多くのショックを受けている。
フランスの2018年の農業世帯の平均月間可処分所得は4300ユーロ(約51万6千円)であったが、そのうち農業収入は3分の1にすぎない。
配偶者が別の仕事をして得た収入や民宿経営などで補われている。これはあくまでも平均にすぎない。

フランスの農業は穀物や甜菜栽培の大農家と畜産や野菜果物の中小農家に2分されて大きな格差がある。
農地解放が行なわれていないため、大農家は見渡す限りの小麦畑のように大きな土地を持ち、会社形式で数人の給与労働者を雇って耕作している。
これに対して、中小農家は夫婦ともに農業に従事してやりくりしている。
いまや4分の1を超える農家が、世帯月収1100ユーロ(約13万2千円)以下の貧困層である。
しかも週平均労働時間は一般労働者が39時間弱であるのに対して55時間である。

昨年9月、スペインのコルドバでEU農相会議が開催されると農民デモが起きた。
その時のスローガンは、「生産コストの高騰」「第3国からの輸入品との不公平な競争」「欧州委員会の維持不可能な環境要件」への抗議であった。
これは、現在ヨーロッパで起きている農民運動のテーマをよく要約している。
最後の要求は、EU最大の政治社会課題になっている環境保護・地球温暖化対策と農業の関係である。とくに、EUが2021年7月に出されたパリ協定を満たすべく、2030年のCO2排出量を1990年比で55%削減するとした「グリーン・ディール」が追い打ちをかけた。

たとえば、10ヘクタール以上の農場では土地の4%を休耕地として自然に還す、酪農畜産をやめても生物多様性のために不用になった牧草地を植え直さなければならない、などの規定がつくられた。
農薬や化学肥料の規制も強化された。いまや農民とエコロジストは対立関係にある。
オランダで農民運動が起きた原因は、EUの方針に従って改正された法律を受けて、マルク・ルッテ内閣が163の危機に瀕している自然地域周辺で、乳牛を含む牛群の30%以上の削減を発表したことであった。
そのため、1万から1万5千の農場の消滅が危惧された(別の問題もありルッテ内閣は総辞職、現在この計画は凍結)。

政策の原因は、牛のゲップだ。牛のゲップからはCO2と同じように地球温暖化の原因となるメタンが出るからである。
ちなみに、同じようにメタン発生源として水田がやり玉に挙げられており、今年1月のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)でも採り上げられた。
土の研究者・藤井一至氏によれば、反はん芻すう動物は4つの胃を持ち県既発行微生物の働きで分解するためメタンが発生するのだという。
水田は水を張り酸欠になるためだ。対流圏メタンの発生源としては反芻動物が15%、水田が12%。
だからエコロジストが目の敵にしているのである(https://note.com/virtualsoil/n/na664538fb00e)。

「環境保全」の役割を強制される農家たち

実は、農業は、かつて環境保全の担い手として期待されていた。
欧州経済共同体(EEC)発足以来圧力団体であった大農家の意に沿い生産第一主義だった欧州共通農業政策は、2003年に大きな方向転換を行ない、環境・食品の安全・衛生・動物の待遇・土壌の維持などを補助金受給の条件とした。

フランスでは、2007年に農業は自然資源の価値を高めるため「水の希少化」「水の質の回復」「土壌の保存」「生物多様性と景観」「エネルギー制御」を目的としなければならないとした。
化学肥料や農薬を大量に使う大農家はともかくとして、有機農業への転換も早かった中小農家には影響は少なく、むしろ有利になると思われていた。ところが実際には、基準は積み重なり、手続きは煩雑になり、書類の急増となってしまった。

このほかにトレーサビリティの強化などもある。
もともと農家は自営業であるから、経営に関する様々な作業がある。毎晩遅くまで書類を書かなければならなくなった。
いわば環境の番人という役割が増えたわけだが、それに見合う対価は払われていなかった。
農業は工業ではない。工業では努力によってメタン発生を減らせる。だが、牛の飼育をやめて合成肉や豆乳に代えようとしても、寒冷地では大豆は育たない。

前出の藤井氏によると、水田をやめると化学肥料や農薬を増やす必要があり、とくに、除草剤グリホサート(ラウンドアップ)の利用機会が増えることになるという。
グリホサートは人体に有害だ。絶対に使ってはならない。グリホサートなしの耕作は、できないことではないのだろう。だが、農民の負担は増える。収入源である産品の値段を上げるしかない。
国民は、先に紹介した世論調査のように農民を支持しており、もし家計に余裕があればそれでも買うだろう。
しかし、理論的にインフレになると給料が上がるというが、実際はそうはいかない。もともとスーパーマーケットは物価を抑えるために促進された。こうすることで、労働者の賃金を上げなくていいのだ。
結局、買い叩かれるか売れ残るかで、農民が犠牲になる。

国内規制強化の結果輸入量が急増

スペインで掲げられた要求の第2「第3国からの輸入品との不公平な競争」は、EUの政策の大きな矛盾の告発でもある。
EUは、「グリーン・ディール」の一方で、ニュージーランドや南米南部共同市場(メルコスール)との自由貿易協定の協議を進めている。
これらの国では農薬や環境対策についてEUほどの厳しい規制が行なわれていない。
それに、ヨーロッパだけ「グリーン・ディール」をしても、他国が実行しなければパリ協定は実現しない。
ところが、交渉では、相手方にEUと同じ義務を課すことをしていない。
すでに、これらの国々からの産品の輸入は行なわれているが、法律で決まっていても農薬等の検査はきちんと行なわれていない。

なにも海を隔てた国々だけではない。ウクライナについても大きな問題となっている。戦争のためにウクライナからの輸入についてEUは関税を免除した。ルーマニアでは抗議運動を起こした農民が、EU執行部をウクライナからの安価な輸入品を優遇し、現地生産の発展を妨げていると非難、政府もそれに同調した。ポーランド、ブルガリアでもウクライナの穀物輸入に反対して道路や港湾の封鎖が行なわれている。
フランスでは穀物の輸入増は価格高騰を抑える役目を果たしているだけだが、ウクライナ産の砂糖(甜菜)、卵、鶏肉の大量流入は農家を圧迫している。

フランスの鶏肉の輸入量は、2023年9月までですでに前年の総輸入量の2.2倍になった。
現在のウクライナの衛生要件はEUの基準にはほど遠い。
「グリーン・ディール」によってEUの農業生産は15%減少するとみられており、その分はEU外からの輸入となる。
つまり、「グリーン・ディール」の推進派は、輸入に賛成の立場となってしまう。
「グリーン・ディール」は、エコロジーの側面からだけ見られがちだが、もともとすべての自動車を電気自動車に買い替えるなど巨大市場を作り出して新しい経済の拡大をしようとする、経済的動機も大きい。そしてそれを推進しているのは、新自由主義の勢力である。彼らにとっては、この輸入増は当たり前のことなのである。

フランスの農家の農業収入は、この20年間に40%減少した。
グローバリズム新自由主義の進展と軌を一にしている。
そもそも近代社会は農業を軽視し続けてきた。いま家計における食品の割合が下がっている。
かつてはこれが低いほど先進国だといわれていた。別の見方をしてみると、他の産業を一段上のものだとみていた証拠だといえる。
英語で「industry」には、産業と工業の2つの意味がある。産業革命以来、産業といえば工業となった。現在はその次の時代に移行して、サービス業が大きく発達しているが、相変わらず発想法は変わっていない。

思えば、農業は古来人類にとってあまりにも当たり前の産業であった。
食料はすでにあるものという前提で経済が成長した。
現に、「生鮮食品を除く」物価指数をもとに政府や中央銀行は政策を決めている。
自由貿易協定でも片一方では自動車産業など工業やサービス業が伸びる。
それを守らなければならない、農業がその犠牲になっても仕方ないというわけだ。

「ル・フィガロ」紙の編集部論説(社説)はいみじくも言う。
「合成肉や電動トラクターを推進する上から目線の都会人にとって、農民はせいぜい田舎での週末を飾る民間伝承の守護者であり、最悪の場合、地球を殺す汚染者、水泥棒、動物を虐待する乱暴者、過ぎ去った社会のかびの生えた存在である」(1月23日付)
いま農民運動によって問われているのは、現代社会における農業とは何か、現代社会において農業が成立するのか、ということである。
(注)現在1ユーロ=160円だが異常な円安であるため、実勢に近づけるべく本稿では通常の120円で換算した。
(月刊「紙の爆弾」2024年4月号より)

広岡裕児(ひろおかゆうじ)
フランス在住ジャーナリストでシンクタンクメンバー。著書に『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文春新書)、『EU騒乱』(新潮選書)他。

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

★ISF(独立言論フォーラム)「市民記者」募集のお知らせ:来たれ!真実探究&戦争廃絶の志のある仲間たち

☆ISF公開シンポジウム:小沢事件とは何であったのか ~司法とメディアの共犯関係を問う~

☆ISF主催トーク茶話会:孫崎享さんを囲んでのトーク茶話会のご案内

☆ISF主催トーク茶話会:吉田敏浩さんを囲んでのトーク茶話会のご案内

※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
ISF会員登録のご案内

「独立言論フォーラム(ISF)ご支援のお願い」

 

広岡裕児 広岡裕児

フランス在住ジャーナリストでシンクタンクメンバー。著書に『皇族』(中公文庫)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文春新書)他。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ