東アジア共同体形成の意義と課題をめぐる考察 ―木村朗氏との対話を手掛かりに―(下)
国際・結びにかえて――いま問われるプラットフォーム形成という課題
以上のことから、筆者自身は、「国家」ベースではない「民間」ベースの「ボトムアップ型」の組織論に大いに関心がある。そしてその組織的展開は、複数の道があってよいだろう。日常生活者それぞれの生活世界の場から、国家を超えて繋がるトランスナショナルな結びつきこそ、いま求められているのではないか。そしてその結びつきは、これまで見てきたような「東アジア共同体」設立だけがもつ専売特許ではない。
それは多様なトランスナショナルな繋がり、たとえば各種の学会レベルや研究団体レベルでのトランスナショナルな連携(学術交流だけでなく、共通の歴史認識のための共通の教科書の作成などを含む)、あるいは地方自治体間での連携、あるいは共通する課題を持つ島嶼地域同士での連携、さらには平和に逆行する軍事基地への反対運動グループ間での連携、こうした繋がりはいくらでも考えられるであろう。
それゆえ最後に、第4点目にあたる東アジアの連携のための(全体を通した)課題として、次のことを述べておきたい。すなわちそれは、いくつかの民間ベースの団体のこうした多様な連携の動きを、いわば各団体が相互に把握でき、かつそれらを結び付けていくような、いわばプラットフォーム(platform)のような働きを担う団体がいまこそ必要ではないだろうか、という点である。
言うまでもなく、ここでいうプラットフォームとは立ち寄るべき駅のホームという意味合いよりも、さまざまな民間ベースの運動体や活動団体が情報交換をし、相互に学び合い、互いの連携を試みるような基盤的な場ないしは社会空間・情報空間をイメージしている。本稿で見てきた「アジア共同体平和協議会」のような団体は、そうした「連携のための基盤となる場の形成」という志向性を鮮明にして、その機能を団体組織内に組み込んでいく必要があるのではないだろうか。
そうであるとするならば、本書の第3節で問題としたような「アジア共同体平和評議会」と「アジア共同体ネットワーク評議会」との関係という問題は、たとえ表現が異なるにせよ、まず何よりも「プラットフォーム」の役割を果たす「第一歩・基盤・道・空間としてアジア共同体ネットワーク評議会」(あるいはもっと広範かつ直截的に「アジア太平洋プラットフォーム協議会」といったような会)が組織化され、それを含む各国の評議会(その名称は別様でもありうる)が集う場としての「アジア共同体平和評議会」がありえるのではないか。そうした段階を経て「アジア共同体平和評議会」が「アジア共同体の創成という目的地に最終的に辿り着くことになる」ための団体として機能しうると考えられる。
ただ留意すべきは、とくに民間ベースの東アジア共同体形成の場合のみならず、運動の初期の段階に多々見られることであるが、まず自分の運動体の態勢の確立のみを最優先するといったような愚を避けることである。それゆえにこそ、その運動体の中に、他の運動体との連携を模索する回路を組織化の本質的な核心として組み込むことであり、それがいま問われていることのように筆者には思われるのである。それは、ネットワーク(あるいはプラットフォームあるいは連携や連帯、あるいはそれに類する語)を組み込んだ「第一歩・基盤・道・空間」としての運動体である。
コロナ禍で対面的なトランスナショナルな交流が難しくなったのは極めて残念であるが、(ポストコロナ時代、あるいはウィズコロナ時代に向けた)オンラインでの結びつきも可能だ。たとえそれが小さな回路による結びつきであっても、オンラインで繋がることでトランスナショナルな連携が進んでいくこと、この点もきわめて重要な点だと思われる。
トランスナショナルでリージョナルな連携を組み込んだネットワーク型の空間形成という基盤となる道の第一歩を――冒頭で触れた廣松渉の近代批判と資本主義批判との発想をも組み込んで――ともかく歩み出すこと、それが、本稿で最後に指摘したかった第4の、そして最後の、一つの中心的な「残された課題」であると筆者には思われるのである。その具体的な展開はこれからだが(24)、まず隗より始めよ、という段階にいまあるように思うのは筆者だけではないだろう。そういう時点に、現代は差し掛かっているのである。
〇注
(21) この会合には2020年末に筆者も参加した。その時には、事務所を兼ねた沖縄の自宅での会合であったが、山城博治・沖縄平和運動センター議長などが参加して活発な議論がなされていた。現在もさらに規模を拡大してこの塾は開催されている。
(22)天皇制に関しては、とりあえず拙著『トランスナショナリズム論序説』(西原 2018)の付章を参照願いたい。なお、この著作は近々に、基地と天皇制に触れた新しい付章も加えた増補改訂版が出される手筈になっている。
(23)その例としては、新崎盛暉の「沖韓民衆連帯」の活動が挙げられる。新崎編(2014)を参
照されたい。
(24)筆者自身としては、本誌へのこの寄稿文のような著作活動のみならず、オンラインでも繋がる「砂川平和しみんゼミナール」といったプラットフォーム化をめざすゼミナール構想を実現しつつあることを付け加えておく。
〇文献
新崎盛暉編 2014 『沖縄を越える――民衆連帯と平和創造の核心現場から』凱風社
陳光興(Chen Kuan-Hsing)2011 『脱 帝国――方法としてのアジア』以文社
東アジア共同体評議会編 2010『東アジア共同体白書二〇一〇』たちばな出版
東アジア共同体研究所編 2014 『東アジア共同体と沖縄の未来』花伝社
姜尚中 2001 『東北アジア共同の家をめざして』平凡社
川満信一 2010 『沖縄発――復帰運動から40年』世界書院
川満信一・仲里効編 2014 『琉球共和社会憲法の潜勢力――群島・アジア・越境の思想』未來社
木村朗・前田朗編 2018 『ヘイト・クライムと植民地主義――反差別と自己決定権のために』三一書房
孫崎享 2012 『戦後史の正体―1945-2012』創元社
松島泰勝・石垣金星 2010 「「琉球自治共和国連邦」独立宣言(全文)」『環』Vol. 42.
森嶋通夫 2001 『日本にできることは何か――東アジア共同体を提案する』岩波書店
西原和久 1994 「社会哲学の新境位:実践的世界の領野へ―『存在と意味』第2巻を読む」 『図書新聞』第2108号、後に拙著『社会学的思考を読む』(人間の科学社)に収録。
西原和久 2018 『トランスナショナリズム論序説――移民・沖縄・国家』新泉社
西原和久 2019 「北東アジアにおける共生と連携――沖縄から問うローカル・ナショナル・リージョナルな地平」『吉林大学 国際シンポジウム「东亚社会发展新趋向(東アジア社会発展の新傾向)予稿集』
Nishihara, K., 2019a, Intersubjectivity and Transnational Phenomenological Sociology: An Essay on Social Empathy in East Asia from the Viewpoint of Okinawan Issues, Journal of Asian Sociology, The Institute for Social Development and Policy Research, Seoul: Seoul National University,
Nishihara, K., 2019b, Okinawa, Military Bases, and the East Asian Community, in Jeju and Okinawa: The Future of the Islands in East Asia, Jeju: Jeju National University Institute of Peace Studies. (with Translation into Korean: 오키나와, 군사기지,그리고 동아시아 공동체)
西原和久 2020 「沖縄の社会思想と東アジア共同体論――川満信一と琉球共和社会憲法の生成」東アジア共同体研究所 琉球・沖縄センター編『沖縄を平和の要石に1』芙蓉書房出版
西原和久 2021 『グローカル化する社会と意識のイノベーション――国際社会学と歴史社会学の思想的交差』東信堂
「沖縄独立の可能性をめぐる激論会」実行委員会編 1997 『激論・沖縄「独立」の可能性』紫翠会出版
盧武鉉(No Muhyon)2003 『私は韓国を変える』青柳純一・青柳優子訳、朝日新聞社
白永瑞(Baik Youn-Sen)2016 『共生への道と核心現場――実践課題としての東アジア』趙
慶喜監訳、法政大学出版局
白井聡 2013 『永続敗戦論』太田出版
白井聡 2016 「廣松渉の慧眼」進藤・木村編 2016、所収
進藤榮一 2007 『東アジア共同体をどうつくるか』筑摩書房
進藤榮一・木村朗編 2016 『沖縄自立と東アジア共同体』」花伝社
進藤榮一・木村朗編 2017 『中国・北朝鮮脅威論を超えて――東アジア不戦共同体の構築』耕文社
孫歌(Sun Ge) 2008 『歴史の交差点に立って』日本経済評論社
孫歌・白永瑞・陳光興編 2006『ポスト〈東アジア〉』作品社
高橋美枝子 2020 「横田基地の米軍訓練の激化」東アジア共同体研究所 琉球・沖縄センター編『虚構の新冷戦――日米軍事一体化と敵基地攻撃論』芙蓉書房出版
谷口誠 2004 『東アジア共同体――経済統合の行方と日本』岩波書店
内田樹 2017 『街場の天皇論』東洋経済新報社
内田樹・鳩山友紀夫・木村朗 2019 『株式会社化する日本』詩思社
和田春樹 2003 『新地域主義宣言 東北アジア共同の家』平凡社
徐涛(Xu Tao)2018a 『台頭する中国における東アジア共同体論の展開』花書院
徐涛(Xu Tao)2018b 「中国外交における「東アジア」の発見(1989~1997)――「周辺外交」と地域主義の共振」『東アジア共同体・沖縄(琉球)研究』第2号、東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会
矢部宏治 2011 『本土の人は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること――沖縄・米軍基地観光ガイド』書籍情報社
矢部宏治 2017 『知ってはいけない――隠された日本支配の構造』講談社
※なお、本稿は日中社会学会の学会誌『21世紀東アジア社会学』第11号に掲載された拙稿を、求めに応じて転載したものである。転載に当たっては、日中社会学会の了解を得、かつ2021年9月に一部改訂した拙稿を含む『21世紀東アジア社会学 第11号 別刷特集冊子』版を基にして、明らかな誤植を3か所だけ直し、かつ『東アジア共同体・沖縄(琉球)研究』用に追加情報を1箇所だけ書き加えた(注(15))。なお、その注で示した諸論稿を含めた『21世紀東アジア社会学』はJ-Stageにアップされているオンライン・ジャーナルで読むことができることを付け加えておく。
◎「東アジア共同体形成の意義と課題をめぐる考察 ―木村朗氏との対話を手掛かりに―(上)」はこちらから
→https://isfweb.org/post-4246/
◎「東アジア共同体形成の意義と課題をめぐる考察 ―木村朗氏との対話を手掛かりに―(中)」はこちらから
→https://isfweb.org/post-4253/
※ご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
砂川平和ひろばメンバー:砂川平和しみんゼミナール担当、平和社会学研究会・平和社会学研究センター(準備会)代表、名古屋大学名誉教授、成城大学名誉教授、南京大学客員教授。著書に『トランスナショナリズム序説―移民・沖縄・国家』、新泉社、2018年、などがある。