ロシア軍事行動の語られざる背景、米国による主権国家破壊戦略
国際・米国ソフトパワー戦略の「教科書」
「武力による一方的な現状変更」と西側世界から非難を受ける、ロシアのウクライナに対する軍事行動について、日本のメディアはプーチン大統領を精神病呼ばわりしながら、その意図を憶測している。
だが、事態の発端はNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大にある。そして、欧米からウクライナへの武器の供与が戦争を長期化させている。ゼレンスキー大統領が徹底抗戦を叫ぶのは、米国の意向を前提としているのは明白だ。だから情勢は、「ロシア対ウクライナ」ではなく、「ロシア対欧米」で読み解かなくてはならない。
武器供与は8年前から相当量にのぼり、ウクライナは実質上、NATO準加盟国状態にあったと言っていい。ブレジンスキー元米大統領補佐官やオルブライト元国務長官はとうの昔にロシア3分割論をぶち上げている。ソビエト連邦崩壊以降、米国にとって、ウクライナは反ロの前線の役割を果たしてきた。
依然としてバイデン米大統領がロシアに停戦を呼びかけないのは、これが米国の戦争だからだ。しかし、メディアではプーチン大統領が拒否しているといった、逆のことが報じられている。
バイデン氏がオバマ政権の副大統領だったころから、米国はウクライナにおいて、直接的な軍事力=ハードパワーとは別に、ソフトパワーによる戦略を駆使、それによって現在の状況を導いた。そのことを考えるうえで重要な1冊が、米マサチューセッツ大学名誉教授、ジーン・シャープ博士の『独裁体制から民主主義へ』(邦題。原書は1994年)だ。
シャープ博士はインドのマハトマ・ガンジーの非暴力闘争を研究し、朝鮮戦争では兵役を拒否して九カ月間服役した。1983年にNPO「アルベルト・アインシュタイン研究所」を開設。独裁政権に対し武力で挑んでも勝ち目はない、という戦略論をベースに、政治的・心理的な手段で政権崩壊させる「シャープ理論」を組み立てた。
その実践的なテキストが『独裁体制から民主主義へ』である。そこには具体的な「非暴力行動の198の方法」も提起されている。1993年にミャンマーからの亡命外交官の依頼を受けて執筆。書籍化されると、ミャンマー語版は同国政府により発禁処分とされるも地下本として読まれ、軍事政権の打倒を目指すためのテキストとなった。
こうした経緯にあって、おそらくシャープ博士の研究は善意により始まったものであったのかもしれない。しかし、彼の理論は米国の覇権に大いに活用されることとなる。
ソ連共産党が各国に指導を送り、階級闘争を促したのがコミンテルンだが、シャープ理論をベースに、民主主義・資本主義版といえる“白いコミンテルン”が、民主的な「革命」を各国にもたらした。
そして2010年の「アラブの春」や東欧の「カラー革命」、すなわち2000年のセルビアの「ブルドーザー革命」や、2003年グルジアの「バラ革命」、2005年キルギスの「チューリップ革命」を達成させた。「革命」による政権転覆に、米国は全米民主主義基金(NED)を通じて資金を注入した。
ウクライナでは、2004年に親ロ派のヤヌコーヴィチ氏が「オレンジ革命」で失脚、親米政権が誕生した。その後、ヤヌコーヴィチ氏は大統領に就任するも、2014年の「ユーロ・マイダン革命」で倒され、親米政権に戻った。バイデン大統領もこの政権転覆に深く関与したと思われ、直後に次男のハンター・バイデン氏がウクライナの天然ガス会社「ブリスマ」の役員に就任している。
・「米国製民主化」後の混乱
私は先に「白いコミンテルン」と表現したが、米国による他国の体制変更に関与する全米民主主義基金などを、東京外国語大学大学院の伊勢崎賢治教授は「明るいCIA」と呼んでいる。米国としても、他の主権国家に直接介入することは、簡単にはできない。そこで、シャープ理論を利用したソフトパワー戦略が用いられるのだ。
しかし問題は、権威主義体制を打倒した後の混乱をどう収拾するかである。独裁政権であっても、それぞれの国の伝統に則った形で合意形成の手段が存在している。
政権転覆後には、米国製の自由や民主主義を輸入することになるが、それは決して万能ではない。新たな政権をめぐっては、その正統性をめぐる対立も避けられない。もっとも、もし紛争に発展すれば、兵器供与や直接的軍事介入が行なわれ、軍産複合体に莫大な利益をもたらすことになる。紛争が長期化すれば、「テロとの戦い」が始まり、さらに儲かる。
たとえば2011年にはリビアでカダフィ政権が倒され、殺害された。しかし、親カダフィ勢力・イスラム国が台頭し、内戦は続いている。
それでも、「革命」自体は各地で成功を収めているので、民主化ドミノは起きている。その裏に米国のソフトパワー戦略があり、それにより多大な利益が生み出される構造に、目を向けなければならない。
米国防総省が4月7日に公表した、ウクライナへの軍事支援概要によれば、バイデン政権の発足以降で総額24億ドル、ロシアの侵攻開始後で17億ドル以上の支援が決定済みだ。武器供与は携行式地対空ミサイル「スティンガー」1400発以上、対戦車ミサイルは「ジャベリン」5000発をはじめ1万2000発以上、ドローン「スイッチブレード」数百機など。
これにより戦争特需が起き、ロッキード・マーティンやレイセオンなど軍需産業の2022年の株価の推移予想は7%増とされる。軍需産業で儲かっているのは米国だけではない。
こうした狙いを持つ米国のソフトパワー戦略を暴きつつ、ハードパワーについては、核を含めて世界から兵器を削減していかなければいけない。だからこそ日本は核兵器禁止条約に批准しなければならない。日本こそ、米国にもロシアにも中国にも、「核兵器をやめろ」と提案できる唯一の国であるはずなのだ。対米自立が、世界から求められている。
民族派団体・一水会代表。月刊『レコンキスタ』発行人。慶應義塾大学法学部政治学科卒。「対米自立・戦後体制打破」を訴え、「国際的な公正、公平な法秩序は存在しない」と唱えている。著書に『対米自立』(花伝社)など。