【特集】ウクライナ危機の本質と背景

第37回 権力者たちのバトルロイヤル:消失した「中国脅威論」

西本頑司

・ウクライナ戦争と台湾有事

ロシアによるウクライナ侵攻以降、中国の存在感がなくなった。

現在、中国の習近平国家主席は「ゼロコロナ」をぶち上げて上海市などを強制的にロックダウンさせ、1億人以上を「封じ込め」ている。この戦争の前ならば間違いなく日本を含めた西側メディアは習近平の「独裁者」ぶりをここぞとばかりに強調し、中国脅威論に繋げていたことだろう。

考えてみれば、これまで「世界の敵」は中国だった。アメリカのドナルド・トランプ前政権は、経済力と軍事力を高めて覇権国家への野心を剥き出しにした中国に対し、中国製品の締め出しなど敵視政策を展開してきた。続くジョー・バイデン政権でも、この政策は継続され、日本政府もクアッド(日米豪印戦略会議)で中国封じ込めに動いてきた。

実際、「終身国家主席」となった習近平が、香港返還の条件であった「一国二制度」を反故にするや、西側メディアと西側諸国は、一斉にウイグル人ほか少数民族の“民族浄化”などに対し、猛烈な批判を繰り返してきた。

そして習近平もまた「次は台湾」とばかりに昨年以降、連日のように台湾周辺領域に戦闘機を飛ばし、軍事威圧を続けていたこともあって、緊迫化を続けていたウクライナよりも「台湾有事」が危険視されていたぐらいだ。

The first island chain between Japan, South Korea, Taiwan, Philippines and China

 

ところが2月24日、ロシアのウクライナ侵攻以降、そうした「中国脅威論」は、すっかりなりを潜めた。

理由はそう難しくない。今回、ロシアのウラジミール・プーチンのとった“蛮行”は、“西側世界の敵”とは何かを世界に見せつけた。それと比べれば中国など“敵”ではなかったのだ。

ロシアは国際的に孤立しようとも、自国の権益のために平然と「国際秩序」を破壊した。では中国が同じことをできるのか、といえば疑問符がつこう。中国は、せいぜい国際秩序を“乱す”言動をしてきたにすぎないためだ。

事実、今回のウクライナ戦争によって、他国への武力侵攻のハードルの高さと、その反動の大きさが誰の目にも明らかになった。

習近平の統制力では、「台湾侵攻」など踏み切れないだろうと、国際社会が見切ったともいえるのだ。

・中国「脅威」の実情

なぜ、この戦争が起きたのか。ウクライナ情勢に馴染みがなければわかりにくい。そこでウクライナを台湾に置き換えて説明すれば以下となろう。

「高校教師が台湾の総統になって国家を救うドラマが大ヒットし、ドラマに主演したコメディアンが総統選挙で、見事、当選してしまう。そのシロート総統は、突如、中国政府と国交断絶を宣言、アメリカと軍事同盟を結んで台湾国内に米軍基地を建設するようアメリカに要求し、アメリカも、それに応じようとしている」。

130キロの台湾海峡を挟んで真向かいに米軍基地ができるのだ。習近平ならずとも“発狂”する案件だろう。習近平は、在韓米軍が米軍基地内にTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)を配備しただけで韓国政府を締め上げ、文在寅(当時)を北京に呼びつけて、これ以上の追加配備を拒否しろといった「三不の誓い」を交わさせた。

台湾に米軍基地ができれば、対岸の福建省はもとより上海と香港周辺が軍事射程内に入る。米軍の誇るステルス戦闘機F35でいつでも空爆が可能となるのだ。さらに高地に高性能のレーダーを設置すれば、南シナ海沿岸部は丸裸にもなる。そんな動きが出れば習近平は断固として阻止に動き、それでも台湾が強行すれば軍事侵攻に踏み切ったとしても不思議はあるまい。

Two fighter jets flying over clouds

 

ここまで挑発したからプーチンも暴発したのである。

今回、戦争の発端となったウクライナのNATO(北大西洋条約機構)正式加盟とは、簡単に言えば米軍と軍事同盟を結ぶのに等しい。ウクライナはソビエト連邦の構成国家だった。この構成国家は建前上、独立していたが、日本で言えば都道府県レベルの自治をしていたにすぎない。事実、オリンピックでも構成国家はソ連のナショナルチームに組み込まれ、国連にも加盟していなかった。ほかの「東側諸国」とはまったく違うのだ。

つまりウクライナのNATO加盟は、旧ソ連領内に米軍基地ができることを意味する。プーチンが猛烈に反発したのも当然であったのだ。その視点で見ればEU(欧州連合)諸国やアメリカはウクライナを利用してプーチンを暴発させたともいえよう。

言い換えればボロディミル・ゼレンスキーのようなシロート大統領と、ドラマに主演したコメディアンを大統領に選ぶ「問題国家」でなければ、この戦争は起きなかったのだ。

Vilnius, Lithuania – February 16 2022: Flag of NATO, European Union and Ukraine waving together in the sky

 

台湾は、そんな選択や行動をすることはない。現在2期目を務める蔡英文総統は、日本ではアニメ好きなお茶目なおばさんの印象が強いが、キャリアと実績を積んだアジアでも屈指の政治指導者と言っていい。日米との連携を強化はしても中国が暴発しないよう細心の注意を払っている。

日米も、トランプ政権の方針転換で、ようやく最新鋭戦闘機F16V型や、今回の戦争で活躍したジャベリン(対戦車誘導弾)などの売却を決めた程度で、軍事協定すら結んでいない。

台湾は、日本に匹敵するアジア有数の先進国であり、200兆円レベルの純債権を持つ世界第五位の金満国家だ。本来ならば自衛隊なみの軍事力を持っていてもおかしくない。それが現状、ベトナムよりも弱体化しているのは、アメリカが中国に配慮してきたからでもある。

なにより台湾は、日清戦争(1984年)で日本が併合し、第二次世界大戦後は国民党によって「中華民国」として独立してきた。すでに別の独立国といっていい。中国にできるのは平和的に連邦を組もうという提案であって、統一には台湾国民の同意が求められる。拒否すればそれ以上のことはできないはずなのだ。

ここまで周辺国が配慮しているにもかかわらず、それでも中国が台湾に武力侵攻や軍事圧力を強めた場合、今回のロシアの蛮行以上に国際世論が沸騰し、日本でも自衛隊の「参戦」を求める声も高まろう。

結局、台湾への中国の軍事威圧とは、地上げ屋のチンピラのような「嫌がらせ」であり、軍事侵攻など100%ありえないことが理解できよう。

 

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西本頑司 西本頑司

1968年、広島県出身。フリージャーナリスト。

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