【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む

天然ガス大国ロシアの長期戦略:ロシアの「キャンセル」は不可能だ 〈上〉中短期的展望

塩原俊彦

・LNGについて

LNGについてはどうか。ロシアでは現在、ガスプロムのサハリン2、民間ガス会社ノヴァテクのヤマルLNGという2つの大型LNGプラントが稼働している。

GIIGNLによると、2021年のロシアのLNG輸出量は2960万トンで、オーストラリア(7850万トン)、カタール(7700万トン)、米国(6700万トン)に次ぐ第4位。全体では、2021年の世界のLNG輸出のうち、ロシアが占める割合は8%弱である。2021年のヤマルLNGからのガスの主な買い手は、フランスのTotalEnergies(400万トン)、中国のCNPC(300万トン)、ガスプロムの旧貿易部門GM&T(290万トン、2022年夏にガスプロムを離れ、ドイツ政府に買収)であるという。

ノヴァテクとスペインのナトゥルギー・エナジー・グループも年間250万トンを購入している。Arctic LNG-2からのLNG量はすべて2021年に契約され、そのほとんどである年間1120万トンをノヴァテク自身が取得した。

・バルトLNGプロジェクト

ガスプロムは、サハリン2プロジェクトにおいて、Royal Dutch Shell、三井物産、三菱商事とともにLNG工場を運営してきた実績がある。

そこで、当初、対アフリカ・中東向けのLNG工場としてレニングラード州に建設が構想された。2016年6月、ガスプロムおよびRoyal Dutch ShellはバルトLNGプロジェクトに関する相互理解議定書に署名した。これを機に、バルトLNG実現に向けた具体的な動きがスタートする。

2017年6月、上記2社は合弁会社に関する基本合意条件に署名した。レニングラード州でのLNG生産工場の企画・資金調達・建設・運営に関する作業が進められることになる。

同時に、双方はウスチ・ルガ港でのLNG生産工場建設を前提とするバルトLNGプロジェクトに関する共同調査枠組協定も結んだ。ウスチ・ルガ港でのLNG工場建設は、ノルドストリーム2(NS-2)向けに輸送されてくるガスの一部をLNG化することを意味している。つまり、このプロジェクトはNS-2に付随した計画だった。

Lubmin, Mecklenburg-West Pomerania / Germany – April-3-2022: Gas pipes, connections, equipment and pressure reducers at the site of Gazprom’s Nord Stream 2 Pipeline Landing in Germany. (Western Europe)

 

2018年12月の情報では、ガスプロムは日本の伊藤忠商事とバルトLNGプロジェクトに関する相互理解議定書に署名した。すでに、ガスプロムは9月に三井物産と三菱商事とも類似の調印を済ませており、これでバルトLNGプロジェクトへの参加企業も明確化してきた。

なお、三井と三菱はサハリン2プロジェクトにShellとともに参加しているから、バルトLNGに参加するのは当然と言えなくもないが、伊藤忠の参加は初の試みであり、注目された。

2018年末時点では、年間のLNG生産能力650万トンのラインを2本、合計1300万トンのLNG工場の建設が計画され、バルトLNGプロジェクトのうち、50%強をガスプロム、25~35%をShell、残りを三菱、三井、伊藤忠が保有することが検討されているとみられていた。

しかし、その後、2019年4月、シェルがプロジェクトからの撤退を表明し、日本勢も手を引く。これは、同プロジェクトに関連していたルスガスドブィチャが米国とEUから制裁対象となっているアルカジ・ローテンブルグと関係があるため、シェルがリスクを回避したものと考えられている。

その後、ロシア企業ルスヒムアリヤンス(ガスプロムとルスガスドブィチャの合弁会社)がプロジェクトに参画し、2021年5月に工事が着工された。レニングラード州のウスチ・ルガ港にLNG生産能力650万トンのラインを2本、合計1300万トンのLNG工場を建設する。最初のラインは2024年、2本目は2025年に稼働する計画だ。

・ポルトヴァヤLNG

このバルトLNGとは別に、ポルトヴァヤ・コンプレッサー・ステーション近くのLNG生産・貯蔵・積出コンプレックス建設計画がある。ノルドストリーム1(NS-1)はヴィボルグからバルト海海底に敷設されたPLによってドイツへとガスを輸送している。そのヴィボルグにLNG生産・貯蔵・積出コンプレックスを建設しようというのが、このプロジェクトである。

ただし、最初からLNG生産が計画されていたわけではない。転機となったのは、船舶による汚染防止のための国際条約(マルポール条約)である。

マルポールとは、Marine Pollutionの略であり、1973年の船舶による汚染防止国際条約(International Convention for the Prevention of Pollution fron Ships)に関する1978年の議定書がマルポール条約と呼ばれ、1983年に発効している。

2015年からは、バルト海、北海などのゾーン向けに船舶燃料に占める硫黄割合の限度規制が厳しくなった(2020年1月1日からは全世界でより厳しい規制が開始される)。

このため、船舶燃料への重油利用が大幅に減り、燃料としてのLNG利用の増加が見込まれるようになる。そこで、船舶燃料用にLNGを生産し、船舶が利用しやすくする設備をヴィボルグに建設する計画が進んだのだ。

2016年10月28日、このプロジェクト実現のために、ガスプロムは「石油ガス調査企画研究所ペトン」と請負契約を結んだ。LNGの生産能力は年150万トンになる見込みで、2019年中の稼働が予定されていた。実際に稼働にこぎつけたのは、2022年9月である。

2022年9月7日付の「コメルサント」(https://www.kommersant.ru/doc/5548142)によれば、前記のルスヒムアリヤンスはポルトヴァヤLNGプロジェクトの株式取得の交渉中であるという。なお、ポルトヴァヤLNGのLNG生産量は年350万トンに増強する計画がある。

こうした状況から、輸出できなくなった天然ガスの一部をポルトヴァヤLNGに回すことは可能だ。しかし、年150万トンのLNGは20億㎥程度の天然ガスに相当するにすぎないから、この工場に多くを期待することはできない。フィンランド、バルト三国、ポーランド、英国はロシアのLNGの購入を停止した。このため、ガスプロムは北欧以外の市場を探す必要に迫られている。

なお、民間ガス会社ノヴァテクの大型LNGプロジェクト「Arctic LNG-2」(設計生産量1980万トン/年)は、同社のレオニード・ミケルソン取締役会長兼共同オーナーは、9月7日の世界経済フォーラムで、LNGプロジェクトの第1ラインを2023年12月、第2ラインを2024年、第3ラインを2026年に立ち上げる予定であることを明言した。

しかし、しかし、このプロジェクトが計画通りに実施される可能性は低い。Arctic LNG-2の契約者であるドイツのリンデ社の離脱が主な原因だ。加えて、前述した年1300万トンのバルトLNGプロジェクトの見通しも不透明であると指摘しなければならない。

すでに、ガスプロムはガスプロムの輸出量は月を追うごとに減少しており、2022年1~6月は前年同期比31%減の689億㎥と、7カ月で34.7%減少した。2022年1月1日~9月15日までの遠距離海外向けガス供給量が前年同期比38.8%、537億㎥減少し、848億㎥になったと発表した。ガスプロムのガス採掘量も、年初から15.9%(568億㎥)減少し、3008億㎥となった。

こうした状況から、短期的には、ガスプロムはガス採掘量の削減を余儀なくされることになるのは確実だろう。

・ロシアはLNG技術に問題

問題はまだある。ロシアにLNG化技術が不足しているために、長期的にみても、LNGの生産量を増加することが可能かどうかはまったく未知数なのだ。

2022年の夏の初め、ロシアのエネルギー省は、LNG産業発展のための長期計画で設定された液化天然ガスの目標指標1億2000万〜1億4000万トンを堅持するとしていた。

しかし、欧米の技術や設備を利用できなくなるなかで、2035年までの生産量見通しを8000万〜1億2000万トンに引き下げた。LNGの中・大型バッチ生産用設備の試作に使われる20億ルーブルは、業界関係者の間では不十分とされている。LNG産業における輸入代替には、240億ルーブルの研究開発資金が必要であるとの説もあるほどだ。

ここで思い出す必要があるのは、LNGはグリーンアジェンダからの移行燃料とみなされ、経済協力開発機構(OECD)諸国での使用は短期的な歴史的観点から減少しはじめるため、低排出の水素・アンモニア戦略は大規模LNGよりも望ましいとされている点である。

事実、コンサルタント会社Rystad Energy社の最近の長期予測によると、世界の「LNGピーク」(エネルギー輸送船の需要のピーク)は、すでに2034年に到達するという。

大規模なLNG生産の技術がないため、技術だけでなくそれを実現するための投資資源を持つ米国、カタール、オーストラリアなどのLNG輸出国に対して、ロシアは技術も投資資源もないから、「負け組」ということになるが、LNGのピークが迫っていることを考慮すると、ロシアは別の長期戦略、すなわち、温室効果ガスの低排出を特徴とする「ブルー水素・アンモニア戦略」に舵を切るという選択肢をもつ。

Towing a liquefied gas tanker. Transportation of hydrocarbons by sea.

 

〈下〉につづく

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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