【連載】百々峰だより(寺島隆吉)

無人機ドローンによるクレムリン攻撃から、私たちは何を読みとればよいのか

寺島隆吉


いずれにしてもロシア軍は初動から戦争に勝っていたのです。
ですからプーチンがドンバス2カ国の独立国承認を発表して進攻に乗り出したときたとき、著名な経済学者マイケル・ハドソンが、次のような論考を発表した理由も、そこにありました(詳しくは『ウクライナ問題の正体1』226-229頁)。
The American Empire Self-Destructs, But Nobody Thought That It Would Happen This Fast
「アメリカ帝国は自滅する。しかしこんなに早くとは誰が思ったろうか」
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-842.html(『翻訳NEWS』2022/03/25)

しかしBuchaの期待に反して、プーチン大統領は断固とした行動をとりませんでした。ロバーツ元財務次官の言っているとおり、それがこの戦争を長引かせる一因になっています。
それはともかくとして、ロシア軍がこの電撃作戦を展開した直後の3月にゼレンスキー大統領はウクライナ軍の戦局が不利とみて、当時のイスラエル首相ナフタリー・ベネット(Naftali Bennett)の仲介でロシアとの和解交渉を受け入れる姿勢を示していました。
この間(かん)の事情を説明しているのが次の記事です。
Putin promised not to kill Zelensky – former Israeli PM(プーチンは私にゼレンスキーを殺さないと約束した、と元イスラエル首相)
https://www.rt.com/russia/570996-bennett-putin-kill-zelensky/
5 Feb, 2023

この記事は、当時イスラエル首相だったナフタリー・ベネットがロシアに出かけてプーチン大統領と会い和平交渉の話をもちかけたとき、プーチン大統領は「ゼレンスキーを殺さない」と約束したことを伝えています。
第2次大戦の時、モスクワを包囲し圧倒的勢力を誇っていたナチスドイツ軍が思わぬ敗北を喫したどころか、その戦いに勝利したソ連軍がドイツの首都ベルリンに迫ったとき、ヒトラーは自決したとされているのですが、同じことをゼレンスキー大統領も恐れていたのでしょう。
そしてゼレンスキーがテレビに登場して「俺は誰をも恐れない」と粋がってみせたのは、元イスラエル首相ナフタリー・ベネットが電話でプーチンの約束をゼレンスキー大統領に伝えた2時間後だったことも、上記の記事は教えてくれました(The Ukrainian leader sought assurance before posting a video declaring he wasn’t “afraid of anyone,” Naftali Bennett claims)。


私は最近まで知らなかったのですが、この記事を書くためいろいろ調べているうちにロシア軍の進攻直後、ゼレンスキー大統領がロシア軍によって殺されることを恐れて2ヶ月間の地下生活を送っていたことを知りました。
そのことを私に知らせてくれたのが次の記事でした。
Zelensky spent two months in bunker – The Times(ゼレンスキー、地下壕で2カ月を過ごしたとNY Times
https://www.rt.com/russia/571739-zelensky-bunker-ukraine-kiev/
19 Feb, 2023

この記事は、ウクライナ大統領の隠れ家で一緒に暮らしていた閣僚や側近は地下壕の場所その他について秘密保持の契約書に署名を求められたことも伝えています(Ministers and aides inside the Ukrainian president’s shelter were asked to sign non-disclosure agreements, the newspaper reports)
そしてゼレンスキー大統領がテレビに登場して「俺は誰をも恐れない」と粋がってみせたのも、実は生テレビではなく、地下で録画されたビデオの投稿に過ぎなかったことも、元イスラエル首相の記事で初めて知ることができました。
ロシア軍のウクライナ進攻直後にバイデン大統領がゼレンスキー大統領に「亡命先を用意するから亡命したらどうか」と進めていた記事を読んだとき、私は事態がそれほど深刻なのか不思議に思ったのですが、この2か月にも及ぶ地下生活の記事を読んで初めて、当時の戦況が分かったのです。
つまり東大の小泉講師が先述の記事で次のように述べていますが、事態は全く逆だったのです。身の危険を感じて逃げ回っていたのはプーチンではなくゼレンスキーの方でした。プーチン大統領は戦勝記念日の5月9日にはクレムリンどころか、空から攻撃される可能性がある赤の広場で堂々と演説しています。

「これがもしもロシアの自作自演ではなくて、本当にウクライナの作戦によるものであったとするならば、プーチン大統領は相当怖いのではないかと思います。かなり暗殺を恐れたり、他人を信じられなくなったりして、従来に比べて相当、“パラノイア”的になっているのではないかと以前から指摘されていたわけです。クレムリンのような“居場所が知られている”所にいたら『危ない』というので、散々言われていますが、あちこちに『セーフハウス』を持っているらしいので、もうクレムリンに出てこなくなってしまうのかもしれません。」

他方、ゼレンスキー大統領の方は無人機によるクレムリン攻撃の直後に、さっさと外遊の旅に出て、キエフの大統領官邸にはいませんでした。
小泉講師は先のインタビュー番組では、ロシアによる報復として、「例えば、キーウ中心部のウクライナ大統領府や国防省に対する攻撃や、これまでロシアが実行してこなかったような戦い方もあるので、そういうことを始める可能性はあります」と述べていましたが、そういう報復を恐れての外遊だった可能性もあります。


それはともかくとして先述のように、ロシア軍がこの2020年2月に電撃作戦を展開した直後の3月に、ゼレンスキー大統領はウクライナ軍の戦局が不利とみて、当時のイスラエル首相ナフタリー・ベネット(Naftali Bennett)の仲介でロシアとの和解交渉を受け入れる姿勢を示していました。
ところがそれを妨害したのが当時のイギリス首相のボリス・ジョンソンでした。この事情を櫻井ジャーナル(2023.02.07)は次のように書いています。

つまり、ブチャでの住民虐殺はロシア軍と友好的に接した住民を親衛隊が殺した可能性が高いのだが、ベネットによると、その事件によってロシア政府とウクライナ政府の停戦交渉は壊れた。
2020年4月9日にはジョンソン英首相がキエフへ乗り込み、ロシアとの停戦交渉を止めるように命令、​4月30日にはナンシー・ペロシ米下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対し、ウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めている。

こうして和平が実現する可能性があったにもかかわらず、それを破壊し続けたのがアメリカとEU諸国でした。そして戦うたびにウクライナ軍は敗北し大量の戦死者を出し続けています。
ウクライナ南保の拠点だったマリウポリ市アゾフタル製鉄所も陥落しましたし、次の拠点だったソレダル市の「巨大な地下要塞」も遂に解放され、ロシア軍は次の拠点であるバフムートへと進軍しました。
ヘルソンでロシア軍が撤退したことをもって欧米メディは「ロシアの大敗北」としてウクライナ軍の活躍ぶりを伝えましたが、これはロシア軍・ワグナー軍団が次の拠点バフムートへと移動するための戦術転換に過ぎませんでした。
これがロシア軍のヘルソン撤退がウクライナ軍にとって「ピュロスの勝利」(損害が大きく得るものが少ない勝利)と言われている理由です。櫻井ジャーナルは先の記事の後半で、その事情を次のように説明しています。

欧州委員会のウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長は昨年11月30日、ウクライナの「将校(将兵?)」10万人以上が戦死したと語っていた。これはアメリカの米軍マクレガー将軍やロシア側の推定と合致する。ロシア側の戦死者はウクライナ側の1割以下だとみられている。
ウクライナでは戦場へ45歳以上の男性だけでなく少年兵も前線へ送り込まれていると伝えられている。最近では60歳程度の男性が街角で拘束、兵士にされているという。国外からは傭兵会社が派遣した戦闘員のほか、周辺国や中東からもきていると言われていた。携帯電話のやりとりから傭兵の多くがポーランド人やイスラエル人だということが判明したともいう。
​傭兵としてウクライナでロシア軍と戦っていたオーストラリア軍の元兵士によると、バフムートでウクライア軍は敗北、多くの犠牲者が出ている彼によると最近、ウクライナ軍の旅団(約5000名)のひとつで兵士の80%が犠牲になったという。それに対し、ロシアの傭兵会社ワグナー・グループの部隊は大きな損害はなかったという。(下線は寺島)
上でオーストラリア軍の元兵士が「バフムートでウクライア軍は敗北、多くの犠牲者が出ている」と参戦のようすを語っていることに目を止めておいてください。


ところが先述の小泉講師は事態を全く逆に描いているのです。彼は「ロシア側には『戦果』として示すべき材料は何もない」と言い、それを次のように述べています。これは驚くべき戦況認識です(下線は寺島)。

「5月9日に旧ソ連がナチスドイツに勝利したことを祝う『戦勝記念日』があり、これがロシアとしては最大の国家的イベントなんです。プーチン大統領としては、この日にあまり格好悪いことはしたくないですし、できれば国民に対し“成果”をはっきりと示したいと思います。ただ現状、そういうことを言える材料は何もないということなので、これから先、1週間くらいで今回の攻撃を理由にして、何か大規模な軍事行動に出るのかもしれません」

他方、ウクライナ軍の反転攻勢が「もう近い」とも言われ、これに大きな期待が寄せられています。この「反転攻勢の時期」についても、小泉講師は次のように説明していました(この下線も寺島)。

「それを明言するのは、なかなか難しいと思います。ただウクライナにしてみれば、5月の割と早い段階で攻勢をかけておきたいのではないかと思います。というのは、ロシア側はバフムト周辺で非常に大きな損害を出していますから、その損害から立ち直り再編成をする前、なおかつ気温が上がり地面のぬかるみが収まるころではないでしょうか。あまりぐずぐずしていると、秋の遅くにはまたぬかるみの時期が始まってしまいますから、それまでにできるだけ長く作戦の期間を確保するとなると、それほど長くは待たないのではないかと思います」

上で小泉悠講師が「ロシア側はバフムト周辺で非常に大きな損害を出していますから」と述べていることに注目してください。
今まで欧米メディも日本のメディアも、ゼレンスキー大統領が「民主主義の旗手」であり、ウクライナ軍は「正義の戦い」をしているとして、これまでの戦いを描いてきましたから、小泉氏もそのような情勢認識をしたい気持ちは分かります。
が、少なくとも彼はロシア情勢の専門家としてインタビュー番組に招かれているのですから、もう少し調べてから発言してほしいものだと思います。
私の学部時代の専門は物理学史でしたし、大学院では英語教育学で修士論文を書きました。ですからロシアについては全くの素人(しろうと)です。そのような私でも独学でロシア情勢を調べて書いたのが『ウクライナ問題の正体1~3』でした。
しかし、小泉講師の発言を読む限り、私が『正体1~3』で書いたようなことを調べているように思えません。ウィキペディアによれば確かに『ウクライナ戦争』(ちくま新書、2022年12月)のようなロシア関係の著書がかなりあるようですが、このインタビューを読む限り、その著書のなかみも心配になってきます。東京大学の講師という肩書きがものを言って、番組に呼ばれているのかも知れません。
ウィキペディアの説明によれば、「反核・平和運動に熱心な両親とは考えが合わなかった」が、自身がロシア軍事を専門に研究するようになった理由を「ロシアの兵器やロケットが格好よかったから」と説明しているそうですから、このような動機で研究しているのだとすれば、その点も大いに気になるところです。


先日、研究員の一員から「私の学校の生徒の座談会が載っていますので」ということで、岩波ジュニア新書編集部(編)『10代が考えるウクライナ戦争』が送られてきました。
これは、「全国から選ばれた5つの高校の生徒たちが、ウクライナ戦争について語った座談会を集めて1冊の本にしたもの」ですが、その末尾に高名な評論家・池上彰の短いエッセイが載っていました。
その小論で池上氏は上記の座談会を読んだ感想を述べています。しかし、その冒頭部分で次のように書いていたので驚きました。

また、「ロシアだけが悪いとは言えないのではないか」というような冷静な分析も多数ありました。これには感心する一方で、正直な気持ちとしては、「そんなに冷静に受け止めているだけでいいのか」という反発も感じました。

そこで、その「反発」のなかみを知りたくなり後半を読んでみると、氏は、「プーチンは公正な自由選挙で選ばれた大統領ではないから」ということのようでした。要するに大手メディアが流している「プーチン=独裁者」という図式で今回のウクライナ紛争を見ているのです。
だとすると、生徒の方が池上氏よりもはるかに「冷静で」「賢明な」判断をしていることになります。現在の大手メディアに毒されていない高校生像をここに発見しホッとさせられました。ところが池上氏は、この健全な高校生の意見・判断に異を唱えているわけです。
そこで、もう一度、丁寧に読み返してみると、池上氏は湾岸戦争やイラク戦争、あるいはユーゴスラビア内戦のNATO介入についても、アメリカ寄り・西側メディアの流す論調に全く疑問を感じていないことが分かりました。
こんな人物に、この本のまとめを依頼した岩波ジュニア新書編集部の識見にも、大きな疑問をいだかざるを得ませんでした。それとも高校生の健全な意見にストップをかけたかったのでしょうか。
学生時代から、私にとって岩波書店と言えば、出版界の最高峰という認識がありました。月刊誌『世界』もそうでした。しかし最近の岩波書店が出すものは疑問符が付くものが目立つようになりました。この新書は、私のこの疑問を再確認させるものになったことは残念なことです。
これでは、韓国の右派政権と手をつないでアメリカの中露封じ込め政策に加担する岸田政権が、日本を「第2のウクライナ」にする危険性をくい止めることができなくなります。なにしろ日本の良識の最高峰だと思われていたところが崩れ始めているのですから。

 

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寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

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