【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第31回 有希ちゃんは今日も泣いている

梶山天

しかし、裁判では「食後経過時間というのは非常にあてにならない」と、「あてにならない」ということを断定しているのは、どうしたことだろうか。「本ではさらっと書いただけ」と言って、「本当は違うんだ」ということを裁判で述べているとすれば、それは読者への裏切りではないだろうか。

岩瀬教授は事例によって変異があるからあてにならないという。しかし事例により変異があるのは、胃内容に限ったことではない。変異があるとはいえ一般的な法則性があるとすれば、そこを誤魔化すことなく、しっかりと述べるのが法医学者の責務であるはずである。

胃内容の変化については、”KNIGH`S Forensic Pathology Fourth Edition”, CRC Press, 2016, p.86には以下のように記述されている。

“Adelson stated that the stomach begins to empty within 10 minutes of swallowing, that a `light` meal leaves the stomach by 2 hours, a `medium` meals takes 3-4 hours and a large heavy meals takes 4-6 hours”.
(アデルソンは、胃内容は食べ物を飲み込んでから10分以内に空になり始め、軽い食事は胃内に2時間残り、中程度の食事は3-4時間残り、多量の重たい食事は4-6時間、胃内に残る。)

被害女児は05年12月1日の午後零時半ころから午後1時過ぎころまでの間にワカメ御飯、ミートカボチャ、ゴボウサラダなどの給食を食べたとされているので、中程度の食事であることから3−4時間、胃内に残る。

したがって、科学捜査研究所の鑑定では、被害女児の胃の内容物にワカメですとかニンジンのかけらが含まれていることがわかっているので、食後4時間以内ということが分かる。つまり、本田鑑定のように「被害者は食後4時間以内、つまり12月1日の午後1時ころが最後の食事だとすると、4時間後の午後5時ころまでに死亡したと考えるのが自然である」ということが正しいことになる。

この法廷での岩瀬教授の本田鑑定への批判は、被害者の左目の横の傷にも言及する。

被害女児の左目の下の爪による傷。

 

三田村検察官「被害者の左目のこの横のあたりに表皮剥脱ようのものが認められるのがおわかりかと思うんですけれども、本田先生はこの表皮剥脱について生前に爪で挟むようにして生じたものと考えられると、こういうふうに証言なさったんですが、証人の御意見はいかがですか」。

岩瀬教授「爪の場合は、確かに三日月状の表皮剥脱ができるんですけど、ちょっと大きすぎるという印象があります。爪でできたにしてはちょっと大きすぎる表皮剥脱に見えます。だから、爪はちょっと考えにくいかなと思います。・・・もしかするとこれは挫裂創なんではないかと」。

三田村検察官「挫裂創というのは、簡単に言うとどんな傷ですか」。

岩瀬教授「何かものが当たったときに、当たった場所に表皮剥脱をつくるだけでなく、皮膚を引っ張って、皮膚をちぎってしまう、裂いてしまう、それが挫裂創です」。

三田村検察官「当たった物というのはどういうものが考えられます」。

岩瀬教授「先端がこの今丸をつけたところぐらいのものが当たったんじゃないかっというぐらいしかわからないです」。

岩瀬教授は、左目の傷は三日月状であり、爪でもできる、と認めながら爪としては大きすぎるとする。しかし、下の傷にしても上下の長さは1cm内外である。また通常の大人では親指の爪の幅はやはり1cm内外でピッタリと符合する。決して爪の傷として大きすぎるということはない。

とすれば答えは単純で、傷のえぐれ方が浅く長いことから、やや長く伸ばした爪でできたとするのが正解であろう。どちらかというと女性の爪に近い。にもかかわらず、爪ではないとして本田鑑定をきっぱりと否定する。

そして、傷は何でできたか、という質問には傷の原因ではなくその形状を示す、「挫裂創」という専門用語でごまかし、それが何でできたか、という質問には「何かものが当たった」としか答えない。これはまるで禅問答のようである。

この傷については裁判長からも質問が出る。

松原里美裁判長「もう一点だけ。ちょっと話違うんですけど、先ほど被害者の顔面の左側でしたか、爪の跡としてはちょっと大き過ぎるというお話をされていた傷があったかと思うんですけれども、あの爪だとすると大き過ぎるというのはどういう点がどのように大き過ぎるのかちょっと教えていただけますか」。

岩瀬教授「爪だとやはり普通はこの爪の深さといいますか、この・・」。

松原裁判長「白くなっているところですか」。

岩瀬教授「白くなっているところが食い込んでつくるわけなんで、かなり相当この白い部分が幅広ければ大きな表皮剥脱をつくってもおかしくないけれど、普通の爪であれば本当に三日月型のすごく幅の狭い三日月ができてしかるべきですし」。

松原裁判長「幅というのは、扇型という意味ですか」。

岩瀬教授「そうです。ほぼ扇状に近い三日月型が爪でつくったときには多いです」。

松原裁判長「それと比較すると」。

岩瀬教授「ちょっと幅が広すぎるという印象を持ちます」。

読者にはこれを読んでも意味は分かりにくいかもしれないが、傷をつけた爪の大きさを知らないで、どうして「爪でできた傷としては大きすぎる」と言えるのだろうか。特に、「普通の爪であれば本当に三日月型のすごく幅の狭い三日月ができてしかるべき」というのは意味不明である。

このように、爪でできた傷の形を認めながら、「普通の爪では」と普通という曖昧な言葉を使って、爪の傷としては少し大きすぎると測りもせずに答え、爪でできた傷はない、とあくまで爪の傷であることだけは否定するのである。

法医学では「断定するのはおかしい」といいながら、本田鑑定だけは断定的に排除する。このような詭弁を弄するのが法医学者とすれば、法医学者など裁判には有害無益ではないだろうか。

しかし、これが裁判で行われた現実の証言であり、こうして本田鑑定のすべてを言葉のみで否定するために呼ばれたのが、岩瀬教授だった。

岩瀬教授は自著の『死体は今日も泣いている 日本の「死因」ハウソだらけ』で、「解剖をしないで死因を決めるとウソだらけになる」と主張していながら、自らは解剖もしていないのに、解剖した鑑定医の見解はすべて否定するのはおかしいのではないだろうか。

自らの証言によって、解剖鑑定医の見解をすべて否定し、結果として裁判で死因がウソだらけにされた有希ちゃんのすすり泣きが、岩瀬教授にはどうして聞こえてこないのであろうか。次回からは法廷の舞台が控訴審に移る。

岩瀬教授が「矛盾はない」と連呼した「現場殺人」が偽証であったことが明らかになる。そんな控訴審も一波乱も二波乱もありそうな気配だ。

 

連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)

https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/

(梶山天)

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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